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雑記1

雑記

 しばらく気分がよかったものの、ジェットコースターばりの急降下を見せる今日この頃。気温差が激しい冬と春の境目にもう花粉が飛び始めているようだ。喉の上が痒く、ぐっぐとつい舌で擦ってしまう。悪化すると確実に喉の風邪にもかかるのでやめたいのだが、この癖は治ることを知らぬ。

喉が痒い。

 只今やらねばならぬことは山積みなのだが、どうにもやる気がやってくる様子もなく現実逃避にノートPCのキーボードを爪でパチパチと打ち鳴らしている。カタカタというより、パチパチだろう。もしくはカチカチだ。このキーボードを打つ音はカタカナのチの音が強いと思う。まあそんなことはどうでもいい。

 だが私は擬音、オノマトペが好きなのだ。だから世間で使う擬音が私にとって納得いかぬ時は、この音を五十個の文字に当てはめるならばどれだろうかと、ぼうっと周囲の音に耳を澄ますことがある。そんなことをしたとて何も変わりはしないのだが、まあ暇つぶしくらいにはなると思う。自分はやっていて結構楽しい。人工物の出す音や自然の音はなかなかに多彩で、心癒されるものもある。ただ単にうるさくてかなわぬものもあるがね。

 環境音と反対に私は人間の声が嫌いだ。特に女性の笑い声や騒ぐ声などが嫌いだ。耳を塞ぎたくなる不快感がある。あと薄い壁の向こうの隣の部屋から聞こえる男性の低い声の音も嫌いだ。何を言っているのか聞き取れはしないが、何か嫌なものを感じる。誰かの怒鳴り声も嫌いだ。自分に向けられていないにしろ、体が萎縮する。

そうだ、あと私は声を出すことが苦手だ。正確には声に出して聞いている相手になにかモノを伝えるのが苦手だ。はっきりとした意見を声に出すのも苦手だし、なにか自分のことを声に出すのも苦手だ。口達者とは程遠い。ただ静かに黙っているか、合図地を打ち人の話を聞いていることが多い。

 声というのは少しばかし私にとって特別なものである。声にした言葉には力があるのだ。空気を振動させ、耳に入ることで効力を発揮する呪文、あるいは呪い。そんな風に私は考えている。他人から発せられた言葉は、私にとって呪いとなり付きまとうことが多い。素敵な呪文をかけてくれる人達も勿論いる。だが、その効力は一時的なもので、すぐに呪いの言葉に雁字搦め。呪いの力は強い。いつまでも頭の中で鳴り響いている。かつての鮮烈な音とは程遠い音となれど、壊れたラジオのようにノイズをまき散らしながら私の頭の中を占領する。呪いを解く方法は未だ見つからない。死ぬまでにどれだけの呪いに苦しめられるのだろうか。そう考えると嫌になるが、いつか解除や無効化ができるくらいに器用になりたいものである。

 気の向くままにキーボードを鳴らしていたら、文章が些か冗長になりすぎた。これで失礼する。それでは、また。