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雑記3

心ときめかすものが見たい。随分と胸と喉のあたりがざわついて落ち着かない。臍の下あたりの緊張による不快感。嫌な汗。痛い右腕。すべてを誤魔化すにはなにか熱中できるような、思考の全てをかっさらってくれるような、心をときめかしてくれるものが必要だ。

水槽の彼女

創作

 濁った水槽。

浮かび沈み、また揺らぐおぼろげな私。

手繰り寄せて、紡ぎ繋ぎ止め。

声は遠く、瞳は近く、躰は遠く。

時計の螺子を巻いて。針を進めて。

 見つけて欲しかった。

在りし日の、あなたの魚。

 

 海の底、透明な壁の向こう。

聲も名も無くしたいつかの貴方。

遠く、遠く、沈みゆく。

暗い水面に手を差し込めば、こぼれ落ちた在りし日の風景。

運命をたどろう、こぼれた糸を寄せ集め。

壊れた針を浮かばせ、時さえ沈む水の底。

貴方を待つ朱い魚。貴方を眺める朱い魚。

 

 別れも告げず消えた貴方は何処に。

閉ざした住処は息苦しく。ただ帰る場所を探して。

辿り着けないあなたの水槽。

 

 瞳を重ねて、時を動かして。 

忘れていた貴方の色。隔てた硝子を壊した。

すり抜けた彼女は此処には居ない。

ただ二人寄り添えば。

あなたの水槽に居たのは私だった。

共に息をしよう。夜が明ける前に。

潮で満ちたこの部屋の片隅で。

 

 

水槽の彼女

 

 

雑記2

雑記

 さて、今日は好きな曲についてでも書こうと思う。

 私はジャズっぽい雰囲気の、歌詞が直球では無い、どこかノスタルジーを感じさせる悲しかったり落ち着いた雰囲気の曲が好きだ。例えをあげるなら「EGO-WRAPPIN」「椎名林檎」あたりだろう。まあとにかくそういう感じの曲が好みだ。

 歌詞で一等好みなのは天野月だろうか。言い回しが好きだ。もちろん曲も歌声も素敵だと思う。間違いなく私の中で一等好きなアーティストだ。

天野月の曲で一番好きなのはどれだと言われても、答えられないくらいにはどの曲も私の心に刺さる。曲でこれほど泣かされたのは、この人以外に居ない。物悲しさやたまらない切なさが心を揺り動かすのだ。彼女の暗い雰囲気の曲の中に特に好みなものが多いのだが、反面明るい雰囲気の曲も聞いていてどきどきする。私はまだ恋をしたことがない。でも誰かに恋をするならこのような愛しく切ない感情なのだろう。私は彼女の曲に恋焦がれている。それくらい好きだ。愛しい。いつまでも飽きることがない、永い永いこの想いはいつまでも消えることはないだろう。ある意味彼女の才能が羨ましく妬ましい。私は歌手になりたいわけでも、詩を作る人にもなりたいわけではないが、こんな言葉を操れたなら死んだってかまわない。それくらい、魅力的な歌を作る人に出会えたことを嬉しく思う。私の中の数少ない、「生きていて良かった」ことだ。

 暗い曲は気分が沈んだ時に聞くことが多いが、反面天野月の曲は明るいときに聴いたりもする。創作意欲を刺激されるのだ。彼女の曲は鬱蒼と茂る暗い森の澄んだ小川の中のようだと度々感じる。周囲が暗くとも、その中に見せる透明感やかすかな光は水の中にあるような気がする。


箱庭~ミニチュアガーデン~ 天野月子

 


天野月子「刺青」


【Amanotuki】自分で歌ってみた【ニワカアメ(NIwakaame)】

 

雑記1

雑記

 しばらく気分がよかったものの、ジェットコースターばりの急降下を見せる今日この頃。気温差が激しい冬と春の境目にもう花粉が飛び始めているようだ。喉の上が痒く、ぐっぐとつい舌で擦ってしまう。悪化すると確実に喉の風邪にもかかるのでやめたいのだが、この癖は治ることを知らぬ。

喉が痒い。

 只今やらねばならぬことは山積みなのだが、どうにもやる気がやってくる様子もなく現実逃避にノートPCのキーボードを爪でパチパチと打ち鳴らしている。カタカタというより、パチパチだろう。もしくはカチカチだ。このキーボードを打つ音はカタカナのチの音が強いと思う。まあそんなことはどうでもいい。

 だが私は擬音、オノマトペが好きなのだ。だから世間で使う擬音が私にとって納得いかぬ時は、この音を五十個の文字に当てはめるならばどれだろうかと、ぼうっと周囲の音に耳を澄ますことがある。そんなことをしたとて何も変わりはしないのだが、まあ暇つぶしくらいにはなると思う。自分はやっていて結構楽しい。人工物の出す音や自然の音はなかなかに多彩で、心癒されるものもある。ただ単にうるさくてかなわぬものもあるがね。

 環境音と反対に私は人間の声が嫌いだ。特に女性の笑い声や騒ぐ声などが嫌いだ。耳を塞ぎたくなる不快感がある。あと薄い壁の向こうの隣の部屋から聞こえる男性の低い声の音も嫌いだ。何を言っているのか聞き取れはしないが、何か嫌なものを感じる。誰かの怒鳴り声も嫌いだ。自分に向けられていないにしろ、体が萎縮する。

そうだ、あと私は声を出すことが苦手だ。正確には声に出して聞いている相手になにかモノを伝えるのが苦手だ。はっきりとした意見を声に出すのも苦手だし、なにか自分のことを声に出すのも苦手だ。口達者とは程遠い。ただ静かに黙っているか、合図地を打ち人の話を聞いていることが多い。

 声というのは少しばかし私にとって特別なものである。声にした言葉には力があるのだ。空気を振動させ、耳に入ることで効力を発揮する呪文、あるいは呪い。そんな風に私は考えている。他人から発せられた言葉は、私にとって呪いとなり付きまとうことが多い。素敵な呪文をかけてくれる人達も勿論いる。だが、その効力は一時的なもので、すぐに呪いの言葉に雁字搦め。呪いの力は強い。いつまでも頭の中で鳴り響いている。かつての鮮烈な音とは程遠い音となれど、壊れたラジオのようにノイズをまき散らしながら私の頭の中を占領する。呪いを解く方法は未だ見つからない。死ぬまでにどれだけの呪いに苦しめられるのだろうか。そう考えると嫌になるが、いつか解除や無効化ができるくらいに器用になりたいものである。

 気の向くままにキーボードを鳴らしていたら、文章が些か冗長になりすぎた。これで失礼する。それでは、また。